釜石 東 中学校。 「釜石の奇跡」は奇跡じゃない。あの日、報じられた“美談”から私は逃れられなかった

15,800以上もの人々の命が奪われ、今なお約2,660人が行方不明となっている2011年3月11日の東日本大震災で、岩手県釜石市の3,000人近い小中学生のほぼ全員が避難し奇跡的に無事だったことは多くの人に希望を与えている。

「君たちは守られる側ではなく、守る側だ。 生徒会長の上村海斗君(3年)は「生徒は少ないが、伝統を受け継いでいる。 その教訓とは・・・「地震があったら、家族のことさえ気にせず 自分の命を守るために、てんでんばらばら、1人ですぐ避難。

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だが、ここでも児童全員が津波から生き残ることができた。

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だからこそ、地域のみんなと一緒に、どうやって備えるか、もしもの時はどうするか、少しずつ話し合って準備をしなきゃいけない」 「震災から10年で復興は進んだと言われますけど、防災という意味では、ようやくベースが整った。 生徒たちは校庭の片隅にある「点呼場所」へ集まった。 その日は校長会が開かれていたため、小中学校ともに校長は不在。

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「中学生活は大人になるための大切な3年間。 昭和61年度末の新日鐵釜石製鉄所の合理化による人口流出以来、核家族化及び少子化の進行等による人口減少傾向に一層拍車がかかり、生徒数は年々減少している。

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と教わってきたことが実を結ぶ。 自治体や企業が主催する防災講演会、パネルディスカションなどにも参加。 (復興釜石新聞 2020年6月20日発行 第891号より). この項目は、のに関連した です。

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気持ちが苦しくなったり、体が疲れることが何度もありましたが、それでもここまで生きてこられたのは、全国、そして、全世界からのたくさんの支援があったからです。

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多くのことを学び、吸収し成長したい。

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